vol3.草むらになって荒れ果てた実家の庭

2024/11/27 13:40
空き家管理コラムvol.3のメイン画像

学生時代に暮らしていた実家の部屋で目が覚める。勉強机も、当時好きだったアーティストのカセットテープも、使いかけのシャープペンシルや赤ペンも、もう必要のなくなった教科書も何もかもそこにある。朝日が差し込んで、鳥のさえずりしか聞こえない。

普段、私が暮らしている都会では、幹線道路を走る車の音や、空を飛ぶ旅客機の音が絶えず聞こえている。窓からは見渡す限りの住宅とビルが見える。いつも新しいマンションやビルが建てられ、赤と白の重機がにょきにょきと生えている。そんな環境とは大違いだ。

窓を開けると、新鮮な空気が風に乗ってカーテンを揺らし、ふわりと頬に触れた。気持ちよさを感じながら、2階から庭を見下ろして、あっと声を上げた。一面がボウボウに生えた草に覆われていたからだ。

父も母もいなくなった空き家の管理のため、たびたび帰省することに疲れ果てて、私は初めて数か月の間を開けた。毎月のルーティンだった遠い故郷への移動は、一度そのサイクルを崩すと途端におっくうな予定になった。今月こそ、今月こそと思いつつ、ようやく仕事の都合をつけたけれど、早起きして出発する気がせず、着いたのは夜だった。

暗い家の玄関の鍵を開けて、真っ暗な家に入る。少しカビ臭いような、何とも言えない臭いがした。数か月、一度も動いていない空気が重くよどんでいた。部屋という部屋の窓を開けて回りたいけれど、まずは一度、眠ろう。明日のことは明日考えよう。そうして迎えた朝だった。

慌てて階段を降りてベランダに出てみると、草は私の背丈を超えるほどの高さでびっしりと生えていた。木々は隣の庭にまで枝を伸ばし、その先は電線に触れていた。うそでしょ。何か月か前に来た時に、草むしりをしたばかりじゃないの。思わず声が出た。夢の続きを見ているのだろうか。

いっそのこと、父がこの家でひとり死んだのも、母が認知症で施設に入っていることも、夢だったらよかったのに。

数か月で背丈ほどにのびてしまった雑草
数か月で背丈ほどにのびてしまった雑草

これまで、帰省するといつも庭は整えられ、四季折々の花が咲き、秋には柿が実を結んだ。もちろん、草など生えていなかった。私はずっと、それが当たり前だと思っていた。でもそうではなかった。父や母が、日々草をむしり花々に水をやり、木々の剪定をしていたから、いつも美しかったのだ。

草むらの間に入って見てみると、どこからか飛んできたペットボトルとスナック菓子の袋、そしてなぜか靴下が落ちていた。私の実家の庭は、荒れていて汚い。情けなくて泣きたくなった。もしかしたら近所の人達に、景観が悪い、治安が心配だ、と思われ、迷惑をかけているのではないか。急に心配になってきた。

実家の草木がこんな状態になったところを見たことがなくて、すぐにはどうすればいいのかわからなかった。自分で草むしりをすることしか思い浮かばず、まずは汚れてもいい服や軍手を、納戸にしていた部屋から探すことにした。

ほとんど使われていなかった部屋の奥に、もう何十年も、誰も手に取ることのなかったアルバムが何冊も収められていた。ふと手に取った1冊に、ある日の家族写真があった。新築の家の前に、誇らしげな顔で立つ父と母と少女。私だ。

この家が建ってから、45年ほどが経つ。アルバムには、更地から家が建てられていく日々の様子が収められていた。周囲は畑で、実家はこのあたりに建つ初めての一軒家のようだ。壁と柱だけの家の中で、大勢の人が集まって、笑顔で飲んだり食べたり笑ったりしている写真もあった。そこには、懐かしい祖父と祖母の顔もある。

みんながうれしくて、楽しくて、夢がいっぱいだった新しい家。色あせた写真の中で笑う父も母も祖父も祖母も、この家が将来、私の心と身体を縛る足かせになってしまうとは夢にも思わなかっただろう。庭が草むらになり、荒れ果てるとは思わなかっただろう。どうしてこうなってしまったのだろう。何がいけなかったのだろう。どうすればよかったのだろう。

実家のベランダから夕暮れの空を見上げる
実家のベランダから夕暮れの空を見上げる

もう考えても仕方ないことをぐるぐると考えても仕方がない。せめて自分にできる範囲だけでも草むしりをしよう。以前のようにきれいにはならないかもしれないけれど。そう決心して、私は立ち上がった。

写真提供:如月サラさん

プロフィール如月サラ

エディター・エッセイスト。出版社で女性誌の編集者を経て、50歳で大学院進学を機に独立。中年期女性のアイデンティティについて研究しながら執筆活動を開始する。父親の突然の孤独死から始まった、空き家、相続などの体験をまとめた書籍『父がひとりで死んでいた』(日経BP)が話題に。現在も東京と実家を往復しながら空き家の維持管理を行っている。

草むらになって荒れ果てた実家の庭